ame nochi hana

パリのセーヴル通りに位置する、世界初の百貨店として知られる「ボン・マルシェ」。毎年1月の中頃に「mois du blanc」と呼ばれる、白い生活雑貨を対象としたセールが行われる。
年末年始のお祭り騒ぎが落ち着き、真っ白なリネンやタオル、食器などを買い替え、まっさらな気持ちで一年をスタートするというもの。
そして、この時期に合わせて一人のアーティストが招待され、館内のアトリウムやイベントスペース、そしてウィンドウを使った「白い展覧会」が約1ヶ月開催されるのがパリ市民の楽しみとなっている。
この展覧会を考えるにあたり、このセールがもつ「気持ちのリセット」という主旨から、「水滴」と「花」をテーマにすることにした。

水滴は「雨」や「涙」などを想起させる、ネガティブな感情の象徴。
そして花は「喜び」や「生命力」といったポジティブな感情を表す。
一見するとかけ離れた2つの感情のようでありつつ、実は光と影のように表裏一体の存在であることから、できるだけ両者を等価に扱いたいと思った。

雨は、服を濡らし、空をどんよりとさせ、靴を泥で汚す厄介者である。
それと同時に、世界の多くの文化圏において、雨は「神からの贈り物」とされることが多く、 「雨乞い」から派生した儀式や祭りは今もなお多く残っている。
日本には言わずと知れた「雨降って地固まる」ということわざがあり、中国においては「雨龍」は大神の使いとされ、幸運の前触れとされてきた。
それ以外にも「雨とともに天使が降りてくる」「汚れを落としてくれる」「神様が一生分の涙を流してくれる」といった言い伝えもある。

このように、ほんの少しだけ視点をずらすことによって様々な事柄をポジティブなものに転換できることを、4つのインスタレーションを使って表現したいと考えた。
そして、この体験を通じてボン・マルシェを訪れる人々が気持ちを新たに明日を迎えてくれることを願った。

ウィンドウ
ひとつの水滴が瓶の中に吸い込まれたと思ったら、そのまま花瓶になり、花が生まれる。
いずれ花は枯れ、花瓶は倒れて水たまりができ、そこから再びたくさんの花が咲く。
ボン・マルシェの正面入り口を飾る10個のウィンドウを使った、光と音の演出とともに描かれたひとつの小さな物語。

アトリウム
ボン・マルシェのアイコンであるエスカレーターを中央に配した、天井高15m、広さ500m2のアトリウム。
この天井から吊られた120個の「水滴」が、まるで雨のようにゆっくりと下降する。
3階から2階、そして1階に差し掛かるあたりで、ひとつひとつの水滴が「花」へと変化し、気づくとあたり一面が花畑のような風景となる。
その後、花は風になびくようにしながら空に舞い上がり、また水滴へと変わり、再び降りはじめる。
見る位置や時間によってアトリウムの表情が刻一刻と変化する、動的なインスタレーション。

バビロンヌ通り側エントランス
20種類の「雨」を瓶に封入した「rain bottle」の展示。
英語だといくつかしかない「雨」の名称が、日本語だと季節や量、雨粒の大きさなどによって 何十種類もの多様な名前がつけられている。
物事の微差に注目することで、視野が広がることを表現した作品。

イベントスペース
スポットライトの下で傘をさすと、その影の中に映像が浮かび上がるインスタレーション「uncovered skies」の展示。本来は傘によって頭上の空が「遮蔽」されるはずが、逆に空が「露出」する感覚になり、傘を差すという行為自体が楽しい体験へと変わる。
2019年4月に東京・サントリー美術館で展示されたものに、「雨」と「花」、そしてパリの景色を感じさせる内容へと更新された映像が披露された。

Client:
Le Bon Marché
Collaborator:
Shun Naruse (product)
Maya Watanabe (product)
Hsieh Hui-Hsi (space)
Yashin Tzeng (space)
Shimpei Mitani (movie)
Sayaka Ito (director)
Moreno Vannini (director)
Photographer:
Takumi Ota
Filming+Editing:
Toru Shiomi
Mechanical engineering:
nomena
2020.07